医師 求人 父の日 「おもしろき こともなき世を おもしろく」 考えごと
年末。思いついたので、ブログを書いてみます。

大好きな映画の一部に疑問をもったので、それが本当かどうか考えてみました。疑問に思ったことを考えてみるのって大切だよね。ここでは、その疑問をどう解いていったかを紹介します。

まず、疑問とはなにか。Waking Lifeっていう前にも何度か紹介した映画の一部です。この部分。



1:50くらいから。

Think about it. The world population has doubled in the past 40 years, right? So if you really believe in that ego thing of one eternal soul, then you have only 50% chance of your soul being over 40. And for it to be over 150 years old, then it's only one out of six.


考えてみてよ。世界の人口はこの40年で倍になったのよ。だからもし本当に魂が永遠に生まれ変わると信じるなら、40年より長く存在している魂は半分しかないのよ。150年以上の魂なら、1/6しかないのよ。(意訳)



最初の "you have only 50% chance of your soul being over 40"の部分はそりゃそうだろうけども(隠れた前提があるけどそれは後述)、後半の150年以上の部分が腑に落ちない。本当なのか、と。なので、考えてみました。

考えてみると、どうも情報が少なすぎる気がします。とりあえず、最初の" you have only 50% chance of your soul being over 40"の部分から、以下のことがわかる。

1)人間以外の魂は、人間には生まれ変わらない。
2)人間の魂として死んだ魂は、人間にしか生まれ変わらない。
3)死んだ人間の魂はすぐに人間に生まれ変わる。

1)もし、犬が人間に生まれ変われるなら、過去40年で倍になった人口の半分は犬の生まれ変わりがまじっているかもしれない。そうすると、40年以上存在している犬の魂が人間に生まれ変わった場合もありえるから、41年以上存在している魂の数は50%よりも多くなっちゃうよね。

2)この40年間で、生まれかわた魂もあれば同じ人間として存在している魂もある。そうした状態で、もし人間が他の生き物に生まれ変わっちゃってたら" you have only 50% chance of your soul being over 40"とはならない。41年以上存在している魂は50%以下になってしまう。

3)どうやら、人間以外の形でさまよっている魂はないらしい。もし、この世かあの世のどこかに魂が休む場所があるならば、魂は単純に人間の数では測れない。もし、なんらかの割合(例えば全魂の8割)が人間になる、というルールがあったとする。それなら魂の数は計算できるかもしれないが、「40年で人口が倍になったから、41年以上存在している魂は全数の半分」というロジックは通らなくなっちゃう、はず。なので、死んだ人間の魂はすぐ人間に生まれ変わる。

さて、この3つが隠された前提なんだよね。もしくは、問題を解くために自分でおいた仮定。この2つは全然違うことだけど、ここから考えていく上で上の3つが隠された全体なのか自分の仮定なのかは関係ないので、略。

さて、いよいよ本題。なんで151年以上存在している魂は全体の1/6なのか。

いろいろ考え方があると思います。
>40年以上前の人口の動向がわからないと解けないよ
>40年前に存在していた0~110歳の魂は当時の2/3で、111歳以上の魂は1/3ってことだから、これをどうにかして。。。

とか考え出すともうどうにもわからなくなっちゃうよね。なので、シンプルに、

「151年以上存在している魂は、150年前の人口と一緒」(上記の3つの条件が成立するなら)

ってことに注目する。あ、でもやっぱり150年前の人口がわからないことには答えはでない。。

でも、答えは1/6って出ていて、それを確かめたいんだから、自分で調べればいいじゃん。今(waking lifeが公表された年、2001)の人口を60億人とすると、1851年の人口が10億人くらいってことになるよね。なので、"And for it to be over 150 years old, then it's only one out of six. "が正しいためには、1851年の世界の人口が10億くらいだったはずだ。

実際に調べてみた。以下のグラフをwikipediaで見つけた。

587px-World-Population-1800-2100.png
http://en.wikipedia.org/wiki/File:World-Population-1800-2100.pngより。

このグラフを見るとだいたい2001年の人口は60億人、1850年は13億くらい。まー遠からずってところかな。なので、あの女性がいっていたことは間違っていない、ということになりました(完)

でも、
1)' 人間以外の魂が、人間に生まれ変われるなら
2)' 人間の魂が、他の生き物に生まれ変われるなら
3)' 魂がすぐに生まれ変わらずに、そこらへんをさまよっているなら
この結論は成り立たないし、150年前の人口を知らないと、1/6っていう数字を自分ではじき出せない。

これらの3つの条件は、仏教徒から見るとどうも受け入れがたいよね。六道輪廻とかおもいっきり無視だし。

以上です。よいお年を。

2010.12.29 Wed l 考えごと l Comments (0) Trackbacks (0) l top
最近せわしない。気持ちが落ち着いてない。落ち着こう。うん。実際自分が思ってるほど、忙しくないし。

ってことで、今日は'What is Success'を紹介したいと思います。

適当に和訳しました。

1923年に、これらは誰だった?
1. 世界一の製鉄会社の会長
2. 世界一の燃料会社(ガス=ガソリン?)の会長
3. ニューヨーク証券取引所の会長
4. 最も優れた小麦の投機家
5. 国際決済銀行の頭取
6. ウォール街のGreat Bear

当時、これらの人々は世界で最も成功した人々と見なされていた。80年後の現在、歴史は、私たちが結局彼らはどうなったのか知っているか問いかけている。

1. Charles Schwab,
貧窮して亡くなった
2. Edward Hopson,
発狂した
3. Richard Whitney,
刑務所から出て、自宅で亡くなった
4. Arthur Cooger,
外国で一文無しで、亡くなった
5.
自殺した
6. Cosabee Livermore,
自殺した

さて、1923年のゴルフ全米チャンピオンであり、最も大きなゴルフのトーナメント'the US Open'の優勝者は、Gene Sarazenだった。

彼はどうなったのだろうか。

彼は92歳までゴルフを楽しみ、1999年に95歳にして亡くなった。彼が亡くなったとき、彼はお金には困っていなかった。

教訓

仕事なんてクソクラエ
ゴルフをやろう


原文はこちら

アメリカでありがちなジョークだよね。正直、まったく説得力がない。たまたま、上記の6人がよろしくない形で人生の最後を迎えた。当時最も成功したとされていた他の何百、何千の人達はどうなんでしょうね。んで、ゴルフ選手も、たまたまそうだっただけじゃん。もし、ゴルフ選手が不幸な最後を遂げていたら、どうせ「当時のフットボールの最優秀選手は〜」とか、「野球のホームラン王は〜」とか適当に書くんでしょう。

ビジネスで成功した人達で、かつ、不幸な最後を遂げた人達を大きな母集団から集めて、不幸な最後を遂げなかったビジネス以外の成功者の例と比べる。んで?そりゃ、F*** Workって思うような結果が導きだせるよね。

とか、つまらないことを考えつつも、まぁ、人生いろいろだよね、って思ったりしています。人生で一度は(彼らが考える)頂点に行き着いたんだから、後はもういいのかもしれない。彼らが死を迎えるとき、過去の栄光にすがって生きていたとしたらそれは悲しいけど。

いやー、とりあえず人生自分の思い通りにいかないにしても、それなりに死ぬときに満足して死にたいです。多分、そうなってると思う。

今すぐ死ぬとしたら、やり残したことがいっぱいあるから微妙。常にやりたいことはやってきたつもりだけど、実際のところ、まだ死にたくないよね。まだやりたいこといっぱいあるし。

っていう独り言です。
2009.09.18 Fri l 考えごと l Comments (0) Trackbacks (0) l top
今日、ひょんなことから、とあるお寺のお坊さんとお話させていただく機会があった。

その中で、耳が痛くなったお話があったので、自戒の意味を込めてここに書いておきます。

このお寺は、いろいろと学生の活動のお手伝いをしてきたらしい。しかし、どうも学生は視野が狭く、自己満足に陥っているのではないか?礼儀を知らないのではないか?と思われることがよくあるらしい。

例えば、何年か前、とある学生会議がこのお寺の施設で宿泊をし、また、このお坊さんにお話をしてほしい、と依頼したそうな。この学生会議の理念がこのお寺の理念とよくあっていたので、お坊さんは快く引き受けることに。

しかし、このお坊さんは、「約束を守らず、裏切られた。」と感じたそうな。何が起きたかというと、学生達は明け方まで宴会を続け、翌朝のお坊さんの話を聞く時間になっても起きれず、ほとんど学生が集まらなかった。

これ、参加した学生の側からしたら、「夜遅くまで、熱い議論を交わし、すばらしい結論に行き着いた。ちょっとくらい寝坊して、どーせ運営側が適当に設定した、よくわからん人の話とか逃してもいいや。」って、極端ではあるがこんな感じなのかもしれない。

他の例では、このお寺で学生が音楽イベント(?)を開いたらしい。イベント自体は、うまく成功したようではあるが、その後、学生からのお寺への挨拶はなかったらしい。それどころか、お金の支払いがなく、3ヶ月以上まって催促状を送ったら、あげくの果てに口座振り込みで支払ってきたそうな。。ここまでくると、びっくりするね。

音楽イベントを開いた学生からしたら、「よっしゃ!今回のイベントうまく言った。やべー俺らすげー。次のイベントもすぐあるし、また忙しくなるなー。でも、こんな俺(私)かっこいいー。挨拶?他の誰かがいってるんじゃねーの??」って感じなのかもしれない。

もったいないよね。

1)意思の疎通がうまくいっていない
最初の例でいうと、学生は熱い議論を交わしていたのに、お坊さんからしたら「うるさく宴を開いていた」と思われていること。運営側がなぜお坊さんのお話を設定したのか、その重要性が参加学生に伝わっていないこと。

2)学生のちょっとした心遣いを行動に移せない
本当にちょっとした心遣いだよね。てか、普通に誰でもこれくらいは頭の中では思っていると思う。ただ、それを行動にうつせないんだろーね。忙しいと、やらなきゃ、と思っててもわすれちゃうし。

3)社会では当たり前のことを、学生が知らない
お寺に支払うべきお金を、口座振り込みにして、挨拶もなしに済ませてしまう。社会人の常識(?)を知ってたら、驚くべきことだけど、知らなければ、普通にしちゃうことだよね。

これらすべて、運営側の学生が相手(参加学生とかお世話になっている方々)の立場に立てば、起きないことだよね。ほんのちょっと、紙一重だと思う。もうちょっと視野を広げたいです。

学生にとって、更にもったいないのが、お坊さんが叱ってくれなかったことだと思う。
ちゃんと叱ってくれるのって、実は稀なんだと思う。大抵は、あきれられて放置されてしまう。だから、叱られたときは、へこむけど、自分たちのことを気遣ってしかってくれた人達に感謝して、報いるべきだと思うわけです。

以上、すごく耳の痛くなるような話です。お坊さんの話を聞きながら、僕はずっと顔が林檎のように赤くなっていたと思います。自戒の意味を込めて、これを書きました。

これから、できるだけ相手の立場にたって考え、しっかり意思疎通をし、必要最低限の常識はそろえ、心遣いを実際に言動に表していけるようにしていきたいです。

以上です。ではでは。

P.S.
>Mさんへ 冷蔵庫のビールいただきました。これおいしいね。
2009.09.04 Fri l 考えごと l Comments (0) Trackbacks (0) l top
弱る太陽 活動200年ぶりの低水準

これに関してエントリをしなくて、他になにをするのか?ってことで、エントリをします。情報の集め方が非常に恣意的になっているので、信じないでください。情報の集め方に依って、どっちの方向にももっていけるので。

まず、
本当に、太陽活動弱まってるの??→本当らしい。
NASAのウェブページに、太陽活動の予想についての記事があった。

New Solar Cycle Prediction

"If our prediction is correct, Solar Cycle 24 will have a peak sunspot number of 90, the lowest of any cycle since 1928 when Solar Cycle 16 peaked at 78," says panel chairman Doug Biesecker of the NOAA Space Weather Prediction Center.



パネル議長であるNOAA Space Weather Prediction CenterのDoug Bieseckerによると「もし、我々の予想が正しいなら、Solar Cycle 24 (観測しはじめてから24番目のサイクル)は、ピーク時で90個の黒点が現れる。これは、ピーク時で78個の黒点があったSolar Cycle 16の1928年以来、最低のcycleである。」(意訳:hiroki)

prediction_strip2.jpg
Solar Cycle Progression より。

黒点の数が少ないほど太陽活動がはげしい。黒点って、まわりより温度が低いから黒くみえるんだよね?んじゃ、なんで黒点が多いと太陽活動が激しいっていえるの?だって、黒点が多いってことは、周りより温度の低いところが多いってことでしょ?黒点が多かったら太陽活動弱くなってるんじゃないの??

黒点がどうできるかを調べれば、この疑問は解けます。wikipediaによると、「強い磁力線によってプラズマガスの対流が妨げられるため表面温度が下がると考えられている」。強い太陽活動のせいで、局所的に温度の低い場所=黒点ができる。つまり、黒点が少ない→太陽活動が弱くなっているってこと。なるほど、すっきり!

この太陽活動の変化がどのように地球に影響するのか。→よくわからん。。

New sunspot cycle may be lowest in 80 years

The vast majority of climatologists believe these changes are not enough to reverse global warming. Even though we observed reduced solar last year, 2008 was still the 8th warmest year on record globally.



「多くの気候学者は、これらの変化(太陽活動が弱くなること)は温暖化を止めるには十分ではないと信じている。太陽活動が弱かった2008年(上のグラフ参照。)でも、観測史上8番目に世界的に暖かかった。」(意訳:Hiroki)

また、太陽活動の予想ってかなり難しいらしい。

In 2007, an international panel of 12 experts split evenly over whether the coming cycle of activity, dubbed Cycle 24, would be stronger or weaker than average.


2007年時点で、次のサイクルが平均より強くなるか弱くなるか意見は半々だったらしい。んじゃ、Solar Cycle24以降のサイクルがどうなるかなんて、ほとんどわからないも当然じゃない??

一連のニュースを見て、地球が小氷期に入るかどうかなんて、わからないわけじゃん。もしかしたらSolar Cycle 25が半端なく黒点数多いかもしれないし。

弱る太陽 活動200年ぶりの低水準

17〜18世紀には約70年間、黒点がほぼ消え、欧州では英国のテムズ川が凍るなど「ミニ氷河期」に陥った。



なんで70年間黒点がほぼ消えてた時期と、数年黒点がほとんどなくて、次のサイクルも活動が少なくなると予想されている今を同列にしているんだろうか。上のグラフにもあるように、次のサイクルでさえ黒点は最大90個現れると予想されている。

確かに、歴史的に(周期的に)そろそろ小氷期に入るのでは、と予想するのは分かる。でも、黒点の観測数との関連で小氷期に入ると予想するのは、いささか気が早いのではないだろうか。黒点の観測数は、ほぼ11年サイクルで上下している。でも、小氷期のサイクルとこの黒点のサイクルはどのように関係しているのか。ミランコビッチ?関係ない?よくわからん。。調べます。

ニュースに対する反応について。

このニュースかなりセンセーショナルだと思う。
「今まで狂ったように言われてた地球温暖化が間違いで、実は寒冷化しているんだよ。」

いや、ちょっと待てって。そうやって鵜呑みにするから、地球温暖化も信じてきたんでしょ?そうやって、いつまでたっても同じこと繰り返していくんだよ。(僕も含めて。正直、このエントリ書いている時点で、その輪に入っていると思うんだ。)

地球温暖化が例え間違いだったとしても、それが環境問題に対する取組みを否定するものではないことは明らか。環境問題って、温暖化だけじゃないじゃん。

太陽活動は弱まっている

広大な宇宙の摂理の中では、人類の活動が与える影響はよくも悪くも微々たるものである。「人類が地球を救う」などという発想は、西欧的な自民族中心主義の変種にすぎない。



「人類が地球を救う」とは思わない。別に人類が絶滅しても地球はしばらく存続するし、いろんな生物も生存していくだろう。ただ、人類にとって、それはどうでもいいんじゃない?だって、どうなろうとわかんないじゃん。

でも、人類が生存していくためには、このままじゃまずいでしょ?人類が生存できる環境を維持するためには、このままじゃまずいでしょ?人類が「環境」を守るのは、宇宙とか地球とか、そんな大それたもののためじゃなく、人類が生存するためでしょ。たとえ、宇宙に与える影響が微々たる物でも、人類に与える影響は莫大じゃないの?

僕はこう考えるので、この考え方がよく理解できない。僕の「バカの壁」なんだろう。

つらつらと書いてきたけど、どっちみち環境破壊はダメだよね。地球のためじゃなくて、人類のために。てか、僕のために。僕の子どものために。自分勝手で申し訳ないです。

ではでは。
2009.06.07 Sun l 考えごと l Comments (0) Trackbacks (0) l top
先日、『なんで日本人はホームレスに対して「いじわる」なのか。
というエントリを書きました。このエントリで書いた内容は、マギルの日本語の教授に聞いてもらい、フィードバックをいただきました。僕の説明、まだまだだな、って思っていた以上に思わされました。

このエントリでは、教授に指摘していただいた点の1つを書いていこうと思う。僕の説明の2つ目のポイント、「3種類の信頼関係」は本当に成り立つのか??今回は、とくに第二の関係についてのみ書きます。

第二の信頼関係は、コミュニティー。お互いに、ある程度の文化、慣習、規範を共有している範囲での信頼関係。そのコミュニティー内に限られる信頼関係だけど、家族に比べたら格段に大きい。

ただ、この関係、「アウトサイダー」に対して脆弱。コミュニティー外からの人は、文化、習慣、規範を共有していない。彼らは周りの評判なんて全く気にしない。むしろできない。旅の恥はかき捨てとはよくいったもんだね。それに対して、コミュニティー内の人は周りの評判を気にするだろう。村八分とか怖いし。



コミュニティー内の人間、本当に文化、習慣、規範を共有しているのか。それって、たんなる幻想ではないのか。その幻想におどらされて、現実がみえていないのではないか。

お互いが、自分がもっている文化、習慣、規範が当たり前だとおもって、それでもって他人と接していないだろうか。現代は、個々がお互いの規範等をすりあわせる機会がへっていると思います。地元の小さな祭りとか、寄り合い会とか、そういったところに参加する人減ってると思う。もし子どもがいない人が新しい地域に引っ越していったら、積極的に動かない限り、ほとんど地域の人と接する機会ってないのではないか(この書き方が、「引っ越した人」はその地域の人でない、って暗示してるよね。引っ越したら、その地域の人になればいいのに)。

お互いに、自分の「当たり前」をコミュニティー全体の「当たり前」とはき違えてしまってはいないでしょうか。自分勝手と気づかずに、もしろ、それがみなに受け入れられるべきとおもって行動していないだろうか。みながバックグラウンドを共有している、という幻想を元に、お互いに確かめることを怠ってしまっているかも。

だから、もっとコミュニケーションを取った方がいい。お互いの「当たり前」は、一人一人違う、っていうのを認識し、むやみやたらに「それ当たり前じゃん?」みたいなことを思うのはよした方がいいと思う。自戒を込めて。

もっとコミュニケーションがとれるようになれば、いろいろといいことあると思うんだ。単に誤解が減る、とかそういうのじゃなくて、もっと有機的なこと。

これは第1の関係にも通じるところがあると思う。コミュニケーション取ろうね、って話。だから、帰国したら普段しゃべらない父親と飲みにでも行こうかと思っている。
2009.06.03 Wed l 考えごと l Comments (0) Trackbacks (0) l top