医師 求人 父の日 「おもしろき こともなき世を おもしろく」 久々に高校の友達に会ってきた。
昨日は、高校の友達にあってきた。そこで思ったことをつらつらと。

2人とも日本の最高学府で学ぶバリバリの理系。化学とか、航空なんちゃらを勉強しているらしい。もちろん院いきますよ、って感じのやつら。

かく言う自分は、一応理系だけど、院に行くか未だに決めかね、行ったとしても、バリバリ理系ってことはない。就職したら、いわゆる「理系」という職業にはつかない。

高校のときは、一緒に勉強したし、一緒にバカなこともやったんだよ。あの頃は、自分もバリ理系で研究職につきたいと思っていた。あれから、いろんなことがあり、今ではどっちかっていうと、いわゆる「文系」よりだと思う。(=理系の研究職とかにはつく気はないよ、程度の話。文系、理系の区分は個人的にしっくりこないから、「いわゆる」っていってごまかしてます。)

カナダで好き勝手なことを勉強させてもらって帰ってきた今の僕には、しっかりと自分の専門を勉強しきて、自分の研究内容を照れくさそうに、それでもワクワクと、かつしっかりと語ってくれた奴らの姿は神々しくみえた。(ウソ)

なんなんだろ。この気持ち。別に研究職につく気はもはや、さらさらない。でも、彼らをみてると、単純にかっこいいな、って思った。もしかして、「自分は理系の研究職は無理だろうと察して、んで適当にそこから逃げてきただけなんじゃない?」って思ってて、だから彼らが羨ましいだけなんじゃないだろうか。

いや、そんなことはないはずなんだよ。大学入ってから、いろんな人にあったり、経験をしてきて、それが今の自分を「今の自分」たらしめているんだ、と自分に言い聞かせている。でも、自分が研究職につく気がない理由を考えていると、理由をいちいち考える行為そのものが自分のネガティブな姿勢を肯定しているんじゃないか、と思えてくる。本当に積極的に理系を放棄してきたのなら、理由なんていちいち考える必要ないんじゃないか、と思えてくる。

もしかしたら、理系とか研究職とか関係なく、彼らの、自分の研究とか勉強をしっかりやってる姿がかっこ良く見えただけかもしれない。もしかしたら、自分の軸がぶれてるから、彼らがかっこ良く見えたのかもしれない。

なんだかなーと思う今日この頃であります。

てか、東京いいね。
ではでは。
2009.07.20 Mon l 日常 l Comments (0) Trackbacks (0) l top

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